寄港地の続くヨーロッパを終え、日本出航から早50余日が過ぎました。
現在にっぽん丸は、北米大陸へ向けて大西洋を航行中です。
全行程の折り返し地点をまわり、今までの航行日数を数える日々から、
残りの日数を指折り減らしていく心境になり、
無期限と思われた航海にもいよいよ終わりがあるのか、という気持ちがしています。
本日の記事は、にっぽん丸のファンクラブにあたる
ドルフィンズクラブの会員誌『海』のバックナンバーからお届け。
今までにっぽん丸にご乗船してきた各界の著名人の言葉をお借りします。
「船旅の魅力」とは何だろう、と素朴な疑問について考えてみました。
それは、歌手の菅原洋一さんに言わせれば「海を旅することは大きなロマン」ですし、
版画家の池田満寿夫さんは「船にはドラマ性がある」と、あるいは、
写真家の浅井愼平さんは「海を常に体で記憶しておきたい」という
実に根源的な欲深さを感じさせる意見を掲げてくれました。
けれども、こういった欲求だけで船に乗る人と言うのは実は少数で、
「船旅の良さは、これまで自分の生きていた世界と徐々に決別していくのが実感できることかな」
と語るジャーナリストの山根一眞さんや、歌手のペギー葉山さんの、
「船旅は、なにか新しい事を始めるには最適」と言うお言葉。はたまた、女優の南果歩さんが
「船旅をするのと同時に、自分自身を見つめ直してみたい」という実利的な意見の方がむしろ多数派。
普段から仕事や家事に追われていると、なかなか趣味探しや考え事をする時間は作りづらいもの。
だから「船旅を知ることは、新しい旅の発見であり、新しい人生の発見」でもあるのです。
もっとも、これはギタリストのクロード・チアリさんのお言葉ですが。
もちろん個人的な視野でなく、もっと大きな視点で船旅を考える人も居るわけで、
「船に乗るということは、日本を客観的に見る」ことだと俳優の岡田眞澄さんは言い、
「船に乗るためには、気象学、材料力学、そして何より哲学が必要です」と
同じく俳優の森繁久彌さんが言っていたのは、とても奥が深いことです。
例えば、日本を客観的に見るためには、
「いろんな国の港街で、バーに入って『俺にも弾かせろ』って飛び入りするんだ」
なんていうジャズピアニストの今田勝さんのような夢を持ってもいいかもしれない。
また何よりの哲学を考えれば、船旅というものほど「何物にも邪魔されずに、
ひとり静かに自然との対話を楽しむことが出来る、唯一の旅」というのは他に見あたらない。
と、本来的な船旅の世界を語るのはイラストレーターの柳原良平さんのお言葉。
ちなみに柳原良平さんはにっぽん丸のイラストを描かれて”名誉船長”の称号も得てる方。
哲学的なお言葉の割には「酒と船さえあれば、何もいらない」と言ってはばからない、豪快な人物です。
なんでも船の見える場所で暮らしたいので、海を見渡せる丘に引っ越したとか。
「時間をお金で買う」
歌手の尾崎紀世彦さんに言わせれば、これが船旅の定義です。
たしかに、92日間のクルージングをしようと思ったら、お金と時間が必要です。
その他にも「健康と家族からの理解も必要よ」とお客様から言われたのは記憶に新しい事。
敢えてそれにもうひとつ付け加えるなら「毎日を楽しむための人間的な豊かさ」と
写真家の浅井愼平さんは言っていました。
ところで「船旅って、空気の共有だと思います」と歌手の庄野真代さんは言います。
「だから一緒に乗る人との関係次第で、楽しさも随分違う」というご意見。
「いろんな背景をもった人間同士が乗り合わせる客船は、凝縮された人間ドラマの舞台になりやすい場所」
という宮部みゆきさんのお言葉は、やはり作家を思わせる視点です。
この船での三ヶ月間は「運命共同体」と言い表した歌手のすがわらやすのりさん、
確かにここは箱船ではないけれど、それでもお互いを気遣う心ひとつで世界が変わる場所なのです。
対して、船旅は「俗に言えば、一人の時間をいかに楽しむか、ということですよね」
なんていう森繁久彌さんのお言葉にも説得力があります。
さて、いったい「船旅の魅力」とは何なのでしょう。
先人達が落とした知恵の断片を拾い集めても、
その答えをひとつに纏めるのは難しそうです。
あるいは、遠回しに色々考えるより、風吹くままに受け止めるのが吉。
加山雄三さんに言わせれば、こんなにも答えはシンプルなのです。
「僕はやっぱり愛してますからね、海を」と、その一言でいいのかも知れません。
出典:敬称略(海発行年月号):菅原洋一(1993年11月号)/池田満寿夫(1990年8月号)/浅井愼平(1992年7月号)/山根一眞(2000年 WINTER vol.28)/ペギー葉山(1999年 SPRING vol.21)/南果歩(1991年9月号)/クロード・チアリ(1997年 AUTUMN vol.15)/岡田眞澄(1991年12月号)/森繁久彌(1992年3月号)/今田勝(1998年 SUMMER vol.18)/柳原良平(1994年 SUMMER vol.2)/尾崎紀世彦(1998年 SPRING vol.17)/庄野真代(1996年 SPRING vol.9)/宮部みゆき(1994年3月号)/すがわらやすのり(1999年 WINTER vol.20)/加山雄三(1993年1月号)
写真・文 : 中村風詩人